我が奥方、あちらこちらの寸法が滅茶苦茶です・・・
このままでは形になりそうもありません。
形を少し変えて再チャレンジです。
当然、部材は足りません。
明日また買い足してきます。
しかし、明日は天気は完ぺきに良さそうなので、山の畑周りのの整理に行きたいと思っています。
少し、気分転換も必要かな・・・?
年末に降った大雪で山の木々が結構倒れたそうです。
カオリのお母さんの実家の山は杉を始め色々な木々が倒れています。
17・18日の午後は山の整理に出掛けたのですが、初めてのチェンソーを使った木の伐採は思うように進みませんでした。
枝払いをし、名も知らぬ雑木にはツルが巻き付いてて枝払いが難儀なことになってるし、山作業も大変です。
まっ、これが毎日続くとどうだか分からないけど、今の所、気になってしょうがないし、まだまだ終わっていません。
正直言って、我が夫婦が作業してるようじゃ、いつ終わりを迎える事が出来るか分りません。
まっ、無理せず出来る範囲でお手伝いしようと思っています。
水曜日は、ようやく田植えです。
岩手に来てからはほぼ毎日何か作業をしています。
働いていたとき以上に、動いています。
山菜採りや田畑では種を巻いたり、苗を植えたり・・・
薪割りしたり、
農機のメンテをしたり・・・
苦にはなりませんね。
楽しい部類です。
カオリもチェーンソーの扱いは慣れてきました。
岩手の実家での色々な作業は、きっと飯舘村に戻って、あの荒れ果てた敷地の開墾作業時に大いに役に立つでしょう。
あの敷地の開墾作業は、我が夫婦にとって苦労であると思いますが、夢のある楽しい作業になる筈でした。
避難解除を待ち、飯舘での生活を望むなら、近隣市内、それも南相馬市で仕事をしながら生活するのが良いのかもしれません。
しかし、
ここ、岩手で仕事を優先せず、どんな内容であれ、田畑や山などの自然に触れながら、多くの事を学んでおくこともまた、飯舘村に戻った時に役に立つと思います。
また、
避難が続けば、住宅は素人の手直しの範疇を大きく超え、リフォーム費用も高額になるでしょう。
ならば、いっその事、東京に戻り夫婦二人で働いて新築費用をある程度稼いでくると言うのもありかも知れません。
地震から2ヶ月経つも、まだどう生きていくか選択出来ずにいます。
あっ、地震ではなく人災が原因ですね。
戻れる期日を伝えてもらわないと、戻ってからの生活をメインに考えた現状の生活さえ考えられません。
1年後、3年後、5年後、10年後、30年後・・・
戻れる時期が違えば、その後の生活スタイルは大きく変わります。
早く避難期間を教えて欲しいです。
何となく希望を持てるのかなぁ〜って、思えそうな節もありますよね。
儲け第一主義っぽい東電や菅さん率いる政府の事、30年も戻れないとしたら、開き直って発表しそうでしょ?
あっ、原発事故当初、ポロっと言っちゃったんでしたっけ・・・?
あっ、20年は住めねぇー・・・
なんてセリフ吐いた奴がいましたね。確か・・・
思えそうな節もへったくれもないかぁー。
早く、真実を伝えて欲しいです。
頼みます。東電さん。
頼みます。
菅総理。
飯舘村にはいつ帰れますか?
【11年5月から岩手で日記の最新記事】

